ユーキャンの憂鬱

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アニメ、エロゲ、マンガの感想紹介を不定期にするよー@isyky2858

ニセコイ実写化についてのアンチテーゼ ーなぜ私がニセコイ実写化について批判的なのか

私はとあるツイートをみて、戦慄した

現実なんてクソだ

そう、強く感じた。

いったい集英社は何を考えているのか。

本記事では、私が「ニセコイ」実写化に対して反対の立場をとり、いかにして「ニセコイ」という物語が実写化に不向きなのかを証明していく、ただの愚痴の記事です。
ネタバレが多大にありますのでご了承ください。
都合によりアニメ版の画像を使わせてもらってます。



ニセコイという作品を振り返る

isyky2858.hatenablog.com
非常になつかしい記事です。日付が2016年8月となっているので、ニセコイという作品が終わってから今年で2年目になろうとしているのですね…時の流れは早いものです。
本作品は、週刊少年ジャンプで連載されていた、いわゆる「ラブコメディ」です。週刊少年ジャンプの恋愛枠としては、歴代で一番長く連載が続いたことで有名になりました。また、2回のアニメ化が行われ、メディアミックス展開もそれなりにされた作品です。


と、まぁ公的なことはここまでとして、次に私的なことになります。(飛ばして構いません)


私自身にとって「ニセコイ」という作品は、まさに青春そのものでした。
中学3年生の当時、私は「バクマン。」にとてもハマっており、マンガに関する興味が高かったです。
バクマン。」とは、主人公たち2人がコンビを組んで、漫画家を目指す作品なのですが、マンガ業界に関するぶっちゃけや今までと異なるマンガの見方、マンガができるまでの過程など、いままで知らなかった情報に大変胸をときめかせていたことを今でも鮮明に覚えています。
そして、「バクマン。」の影響を多大に受け、今まで単行本派だった私は、ある時思い切って週刊少年ジャンプを買って読んでみました。

そこで出会った作品が「ニセコイ」であり、「小野寺小咲」という、私が今でもずっと愛し続けているキャラクターだったのです。
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丁度、舞子集と京子先生の話(第83話)で、「ニセコイ」にしては、まじめに恋愛に向き合い、細かく描写してある話でした。
いままで恋愛をメインに扱う作品にまったく触れたことなかった私からしたら、大変ひきこまれ、衝撃を受けました。
私の知らない世界にこんなものがあったのか、と。
以後、ジャンプは毎週欠かさず買うようになり、それまでの話を読むために単行本も買いました。

・・・

・・・

THE大天使!!!
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登場シーンから惚れた(画像は登場シーンではありません)


まぁ好きなキャラがどうこうは今回は特に関係ありません。ただ、言いたかっただけです。すみませんm(__)m



ニセコイが出した結論_「理想」よりも「現実」

前の項でも述べたとおり、本作品は「ラブコメディ」です。少年漫画における「ラブコメディ」は、愛の告白して、OKがでたらそこで話はおしまいになります。または、人気がなくなり、結局最後に誰ともくっつかずに連載が終わる場合もあります(俺たちの日常はまだまだこれからも続いていく…みたいな)。
ニセコイ」は前者です(というよりは、人気がなくなって連載を終わらせなければならなくなり強制的にくっつけさせた、とも言えますが…)。
そうです、ギャングの娘でニセモノの恋人関係にあった、10年前の約束の女の子ではない桐崎千棘エンドで終わったのです。

(発狂)


いったい誰が予想していただろうか。
約束の女の子でないヒロインと主人公一条楽が結ばれると。
一話冒頭のあのシーンの意味ってなに。

だれもがそう思ったはずだ。

作品名からすると、「ニセコイ」、すなわち、ニセモノの恋人関係を結んでいる桐崎千棘と結ばれることは誰もが予想できたはずだ。
つまり、約束の女の子=桐崎千棘、であると。
あーはいはい。もうわかったよ。どうせ小野寺小咲は捨てヒロインだよ。
みんなが思ったはずだ。

しかし、しかしだ。

真実は違った。10年前の約束の女の子=小野寺小咲、だったのだ
(発狂)

勝った。これは勝った。
私は勝利を確信した。

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しかし、結局桐崎千棘と結ばれましたとさ。めでたしめでたし
(血涙)


私のとてもわかりにくい実況は置いておいて、要は主人公一条楽は、10年前の約束の女の子かつ初恋の相手かつ中学の時からずっと好きだった相手=小野寺小咲をふって、高校生から知り合い(実際には違う)、強制的に組まされたニセモノの恋人=桐崎千棘を選んだわけです。
二次元の作品において、たいていの場合は、「小さいころの約束」や「一途な気持ち」が優先になります(バクマン。がよい例でしょう。完全な純愛です)。現実世界においては、「小さいころの約束」や「一途な気持ち」よりも、「それまでともに過ごした時間の長さ」が重視されます。
なぜなら、過ごす場所・共有する空間が違うから。

なぜ二次元と三次元で異なるのか。
それは、「小さいころの約束」や「一途な気持ち」のほうが美しく見えるからです。
人の気持ちがうつろいゆくものだってことは、誰もがわかっていることです。小学校のころに好きだった女の子のことがずっと好きだったひとなんてそうそういないでしょう。しかし、人間は、「純粋な綺麗な気持ち」に憧れます。誰もが持っていた「純粋で綺麗な気持ち」ですが、大人になっていくに従って、現実の厳しさを痛感し社会の荒波にもまれ、それは消滅していきます。
だから、人間は物語を読むんです。現実にないものを、自分に足りないものを、憧れを、物語に求めるから。

ニセコイ」が出した結論=一条楽が下した決断は、まさに現実的な答えだったのです。「小さいころの約束」よりも「一途な気持ち」よりも、「それまでともに過ごした時間」を重視したのです。
一緒に過ごした時間が長ければ長いほど、お互いのことをよく知れます。よいところはもちろん、悪いところも。しかし、知らなければ、好きになることも、嫌いになることもできません。
一条楽と小野寺小咲の関係は、あくまで友達として、クラスメートとしてしか過ごしてきませんでした。反対に、桐崎千棘はニセモノの恋人関係とはいえ、明らかに小野寺小咲よりも、より深い部分の一条楽と触れ合うことができたわけです(お互いに似た境遇でしたし)。
もう、言うまでもありませんね。
ともにすごした時間の長さ密度ともに、桐崎千棘>小野寺小咲、です。

一条楽自身も、下のように言っています。

「・・・そんでいつの間にか気づいたら好きになってた」

中略

「・・・どうして・・・?」
「・・・さぁどうしてだろうな。なんとなく・・・としか言えねぇかも」

ニセコイ第227話_楽・千棘

桐崎千棘を好きになった理由は「なんとなく」。理屈ではないんです。彼にとって、10年前の約束とか、初恋の相手とか今になってはどうでもいいことなのです。桐崎千棘とともに過ごした濃厚な日々が、彼を「なんとなく」好きにさせたのです。それは、前にもいった通り、お互いのことを深く知ったから。どのヒロインよりも、長く時間を過ごし、腹を割って付き合ったから。桐崎千棘と過ごす日々は彼にとって日常といえるレベルにまで昇華したのだ。そこに心地良さを覚えたのだ。

一条楽の好みは完全に小野寺小咲であり、桐崎千棘はタイプではないと作中でなんども本人が言っている。彼にとって、小野寺小咲は話かけることすらドキドキしてしまう「理想」であり、現実ではなかった。反対に、桐崎千棘は、話やくす一緒にいる時間が一番長い「現実」だったのだ。

一条楽は、「理想」ではなく、「現実」を選んだ。

これは、二次元へのアンチテーゼである。

注)ここでわかってほしいことは、私はニセコイが出した結論が悪いとは思ってないこと。そういう作品もあってもいいと思う。


ニセコイが出した結論は実写映画には合わない

 私自身、あまり実写映画を見ません。しかし、実写だからといって、決して内容が現実的なわけではないはずです。非現実的なアクション映画やホラー映画、他にも多々あるでしょう。映画という媒体だろうと、結局扱うのは大方物語であり、フィクションです。
ジャンルが違うじゃないかといわれる方もいるかもしれませんが、恋愛映画だって、すべてが現実的だとは言い切れません。現実的な生々しい恋愛ではなく、現実にはあり得ないと思われる内容の恋愛映画だってあるでしょう。
映画館にくる人だって、そういった初々しい恋愛・ピュアな恋愛を見にくると思うのです。
しかし、当の「ニセコイ」はどうでしょうか。この結末でキュンキュンできるひとなんているのか?
ニセコイ」の恋愛結論は、「理想」よりも「現実」。それまで一番長く時間をすごしてきたヒロインと結ばれること。
そんなの現実世界じゃ当たり前だよ!!
こんなの見て何が楽しいねん…物語に求めてるものじゃない。少なくとも私はそう思います。


まぁ実際は、本編のどこらへんを実写映画化するかわからないので何とも言えないんですがね…


仮に、本編のラストではなく、日常シーンを実写映画化するとしたら、それこそ論外。
私的分析では、ニセコイが受けた理由は、まず古味直志さんの絵。そして、エッチな展開が少なく、かつヒロインの可愛さがあふれる顔のバリエーション。
つまり、大半は絵柄のおかげだと思っています。ストーリーなんて、奇抜なものは何一つないんです。どこかでみたことあるような展開のほうが多い。そもそもラブコメジャンル自体がそういう分野でしょう。
でも、確実に読者に受けたんです。何が違うか、と言ったら絵しかないのです。さらに、バリエーションある顔だって、あくまで古味さんの絵があってなりたつことです。現実にはできないような顔ばっかりです。
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〇二次元だからこそ許される領域

 上で述べたことと被るところもあります。ラブコメって現実には起きないからこそ、ラブコメっていうと思うんですよ。
物語に求めていることは、「現実」ではなく「理想」である。逆に、現実に求めていることは「現実」であり、「理想」ではないのです。
ブコメの王道展開というものはある意味男性の「理想」です。しかし、「理想」は現実化しないからこそ「理想」であり、人間はそれを物語に望むのです。つまり、現実で「理想」を実現されても、正直白けるだけなのです。現実の女性がラブコメのようなことされても、全然キュンキュンしないんです。実現しないからこそ心地よい領域・許される領域はあると思います。



〇もっとも恐れること

 実写映画化の最悪なパターンは、実写映画があまりにも見えるに堪えないレベルでつまらず、ニセコイの原作を知らないで見に来た人が、「ニセコイってこういう作品だったのね」と勘違いされることです。「ニセコイ」は間違いなく二次元領域だからこそ受けた作品です。媒体が異なるだけで、すべてを決めつけてほしくない。「ニセコイ」は間違いなく素晴らしい作品なのです。


〇結論

実写映画化は「ニセコイ」という作品の良さをまったく引き出せない。早くやめてくれ(´・ω・`)

もし大ヒットしたらそれはそれでうれしいけどね
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